2015年08月28日

日本のいちばん長い日

岡本喜八版[85点]@キネカ大森
原田眞人版[70点]@109シネマズ川崎

 良い機会だったので、岡本喜八版も合わせて鑑賞。両方、面白かったです。個人的には岡本版に軍配。理由は後述。

 原田版について先に書くと、その特色はやはり、岡本版ではおそらく「畏れ多くて」真正面から描けなかった昭和天皇を、事実上の主人公に据えていることでしょう。日本映画もこれができるようになったか、とうなるとともに、昭和天皇が「歴史上の人物」になった感慨もあります。
 海外展開も視野に入れているようですので、まだヒトラーと並べて語るような欧米人に、多少なりとも実情が伝わればよいなと思います。

 気づいたんですけど、日本って、「君主を奉じて戦争した」人類史上最後の国家なんですね。安部談話にもあったとおり時流を逸したのは確かですが、「王のために命を賭ける」のは歴史的には至極当然といえる価値観です。現代的価値観、あるいは市民革命によりそれを打破済みの欧米視点であれやこれや言っても歪になりかねない、って点は踏まえたいところです。


 本木雅弘演じる昭和天皇はすばらしいです。若々しくキビキビとしていて、しかし涼やかで品があり、「太陽」においてイッセー尾形に感じた不満をすべて払拭しています。
 原田監督の創作のようなのですが、東条英機との対面シーンが出色です。敗戦となれば武装解除は明らかなので、それを阻止したい東条英機は、日本をサザエにたとえ、殻(軍)がなければ身(国民)も生きていけない、と言ってのけます。すると昭和天皇は、イヤ欧米人はサザエなど殻ごと捨てちまうよ、と身も蓋もなく答えるのです。東条英機は二の句が告げなくなり、それどころかこのシーン以降一切登場せず、物語から姿を消します。

 同時に、昭和天皇が自身をナポレオンになぞらえ、「前半生は英雄だったが、晩年は道を誤った。私はその轍を踏みたくない」というセリフもまた、衝撃的でした。つまり、原田眞人は、「昭和天皇自身も、自分が英雄だと思ってた=戦争序盤は、日本軍スゲー! な意識で戦線拡大を推進する側にいた」と断じてるわけです。別の言い方をすれば、「戦犯のそしりは免れられぬ」と。
 事実の一端だとは思うんだけど、一般層に向けた作品で、昭和天皇自身が言葉でそれを認めるかたちで表に出したのって、これが初めてではないでしょうか。

 サザエのたとえにおけるポイントのひとつは、「学名」を持ち出し、それを決めたのは欧米の学者だ、とも言っていることです。欧米は日本を知悉し、その上で、役に立たぬと見限るのだと。昭和天皇は戦争に深く立ち入り、それゆえ敵との力量差をはっきり自覚し、「相手を知る」姿勢の差が優劣を分けたと悟っていたのでしょう。

 しかし、昭和天皇の出番はここでほぼ終了。原田版は、ドラマ性を重視しているわりには、この後の宮城事件のシーンの描写に緊迫感が皆無で、それゆえ阿南陸相の自刃にも威厳がないため、映画自体もここで終わってしまっているのが非常に残念です。
 岡本版を見ていたから、誰がどう動いて何が起きたかがわかりましたけれども、宮城事件自体を知らない人には、「負けを認めたくない軍人が暴れて誰か殺された」程度しか伝わらない描写だったのではないでしょうか。松坂桃李は頑張ってるんだけどねー。


 さて、岡本版と原田版の大きな違いのもうひとつは、語られる時間軸と、それに伴うサブエピソードの選択です。
 原田版は、鈴木内閣の組閣時点から語り始め、「長い日」以前に昭和天皇、鈴木首相、阿南陸相の周囲に起きたことがらをサブエピソードに織り込んでいます。
 岡本版は、ポツダム宣言を受諾するかどうかの顛末をプロローグとし、時計が昭和20年8月14日の正午を指した瞬間にタイトルバックを入れ、そこから物語を始めて、翌日正午の玉音放送で終わります。「長い日」に起きたことがらのみに絞っているわけです。かつ、ドキュメンタリータッチで話を進め、個々の人物の心中にはあまり深く立ち入りません。その構成が緊迫感をより高め、途中休憩すらある長い作品なのに、一瞬たりとも目を離せません。
 そして岡本版は、宮城事件以外に、「長い日」起きた3つのできごとをサブエピソードに織り込んでいます。
 その3つは原田版ではほぼ省かれています。佐々木大尉による首相官邸焼き討ちのみ、申し訳程度に描かれていますが、松山ケンイチの無駄遣いとしか言いようがなく、岡本版の天本英世の迫力には到底及ぶべくもなく、あんなのは入れないほうがマシでした。

 僕が岡本版のほうを高く評価したいのは、「児玉基地最後の出撃」のエピソードの存在です。これが鮮烈な印象を残しています。
 このエピソードには、「庶民」が登場します。

 原田版でもほんの少しだけ「庶民」が登場しますが、扱いがまったく違うことに慄然とします。原田版では、「庶民」は、「巻き込まれるかわいそうな人たち」です。
 また原田監督は、そもそも「なぜ宮城事件が起きたか」について、「東条英機がたきつけたから」と描写します。東条英機がその後、昭和天皇に叱責されるシーンがあるのは前述のとおり。つまり、悪役としてあえて配置したと考えられます。戦争の責任者同士が向かい合い、責任を取って終わらせる、とする昭和天皇と、責任など負えないので先延ばしにしたい東条。そういう構図なのでしょう。しかし、そうやって彼らに押し付けてしまっていいのでしょうか。
 岡本版では、東条英機は、登場すらしません。


 こうしてみると、岡本監督と原田監督では、「戦争の主体」についてまったく思想が異なることがわかります。
 なぜ戦争が起きるのか、なぜ戦争が泥沼化するのか、なぜ多くの軍人が「戦争遂行こそが正義」と信じたのか、何が畑中少佐らを宮城事件へ追い込んだのか。

 原田版のアプローチが間違っているとは思いませんし、実際、新たな昭和天皇像を浮き彫りにした非常に興味深い内容です。でも原田版は、戦争を、「政治家・軍人が」あるいは「歴史上の人物が」為すこと、にしてしまってはいないでしょうか。
 もしその認識で作ったというのなら、同じ内容を映像化していながら岡本版とは深い溝で隔てられているといわざるを得ず、そして僕は、岡本監督が露わにした戦争像にこそ共感します。

 実際の戦時の空気を、腹の底で理解していたであろう岡本監督は、その点を「児玉基地」できっちりとドライに描ききっています。それゆえ、その呪縛を断ち切り、「終戦」を選び取った人々の行動の重みが響くのです。



 あと、キネカ大森で「日本のいちばん長い日」を見たってことは、合わせて、「ゆきゆきて、神軍」も見ています。すげぇな、アクト・オブ・キリングなんか目じゃないや。日本にもこんなドキュメンタリーがあったんだなぁ。
 主人公たる奥崎氏の恫喝めいた行動にはなんらの賛同もしませんが、そのような行動基準を定めるに至った背景が背景だけに、口をつぐむしかない。そのうえであの顛末を見せられるのは、見る側にも大きな覚悟を要求するきっつい作品でした。
 ラストシーン、新聞記事を出すだけにとどめてるけど、あれ絶対スタッフその場にいたよね。



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2015年08月23日

「アーネストとセレスティーヌ」日本公開


 すでに自分はTAAFで見ているフランスの傑作アニメーションが、「くまのアーネストおじさんとセレスティーヌ」の邦題で(長たらしくなったのは、原作絵本の邦訳を踏襲したためっぽい。けど、「ねずみの」もつけたほうがよくね?)、ようやく日本正式公開。

 ……やっと来た! と喜んでたら、上映はシアター・イメージフォーラムで朝一回、しかも狭い方のスクリーン1、とかいうありえない事態[当然のごとく開場時点でほぼ満席]。夏休みアニメというならせめて「シンドバッド」くらいの公開規模は欲しかった。ていうか、同日公開の人形アニメ「クーキー」がシネパレスでもやるってのに、なぜこっちはこんな規模に……。


 なので、拡大公開になるよう布教するぞ。
 来たれケモナー!

 「アーネストとセレスティーヌ」はこの夏最強の萌えアニメだ!

 まだラブライブ行ってる奴とか! セレスティーヌのくちゅくちゅかじかじにキュンキュン悶えて、世界は広いことを知るが良いのだ。

 海外の事情を察してやろうよ。
 児童ポルノ法案の悶着で「欧米基準ガー」みたいな話を出すまでもなく、日本以外じゃ、人間の姿で萌えキャラ作ったら犯罪者扱いされちゃうんだ。
 彼らはマイリトルポニーで萌えなきゃいけない立場なんだよ。「パリ猫ディノの夜」も符合する「泥棒と女の子」的な組み合わせ、ウンカのごとく溢れ出す警察官、町を跳んで越えていくアクション、彼らが作りたかったのはやっぱり「カリオストロの城」なんだけど、フランスにおける世間様の都合を考えると、絵本に原作を借りてこうやって描くのが限界なんだよ! 汲んでやれよ!


 地上はクマ、地下はネズミに生息域が分かたれた世界。ネズミはクマに怯え、クマもネズミを嫌悪している。しかし前歯でものを囓ることに頼るネズミたちの生活は、クマの歯から作る差し歯がないと維持できない。クマの世界に潜入し、抜けた歯を回収する仕事をするネズミのセレスティーヌは、腹を空かした貧乏なクマの大道芸人、アーネストと偶然に出会い……とかストーリーはともかく、

 とにかくネズミのセレスティーヌがカワイイ。

 今回あらためて見て、セレスティーヌって「がんばりすぎな新人OL」って立ち位置なんだよなぁと思い至りました。まだ学生っぽさが抜けない、慣れないタイトスカート姿のお姉ちゃんが、とにかくお仕事がんばらなきゃ! という思いが強すぎるあまりに、きゃんきゃん口うるさく同僚のおっさん朴念仁社員に注文つけてる、けど独りになると寂しくて気弱になっちゃう、みたいな擬人化想像図が脳内再生されて、はわわと萌えを新たにした次第です。


 そういうことなので、塗り絵とか準備してるイメージフォーラムのスタッフにゃあ悪いけど、絵柄がどうでも絵本が原作でも、この作品は、大人向けオタ向けに宣伝しなきゃダメです。夏休み子供映画的な認識は、今すぐ捨てたほうが賢明です。実際、子供の客なんてひとりもいなかったからな!

 (そもそも子供に見せる価値は少ないと思います。クライマックスが法廷という時点で、日本の子供たちは「ナニコレ」という反応になるだろうし、そもそも主人公両名がガチ犯罪行為やって平気な顔をしている話なんだよ?
 ていうか、この作品の最大の難点はそこで、アニメなのにアクションで締めないから、日本人的にはさっぱり盛り上がりません。しかも、法廷劇において、ガチ犯罪者に対して「命の恩人だから無罪」とか、フランスではOKかもしれないけど日本人から見たら欠陥といわざるを得ないです。
 ただしこのシーン、「裁判所が両方の世界で同じ位置にある」のはちょっと面白いです。文化・風習が違えど法の価値は変わらない、という示唆でしょう)


 なので、自分ならこう宣伝します。
 「暴れん坊のクマと仲良くする話」がほかにもあるんです! 「バケモノの子」と併せてどうぞ(笑
 あるいは、異文化の軋轢と宥和がテーマのフランス映画ですから(最近入ってくるフランス映画ってこのテーマが多いけど)、「最強のふたり」が気に入った人にもオススメです。

 ……そんなわけで、朝一回の上映でひっそり「日本公開しました」扱いになるのはなんとも惜しいので、みなさまも是非。



くまのアーネストおじさんとセレスティーヌ -
くまのアーネストおじさんとセレスティーヌ
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2015年08月18日

短評(共犯/バトルヒート/チャップリンからの贈りもの/中村智道の世界)


共犯
[80点]
@新宿武蔵野館
 台湾発の、一風変わった学園ミステリー。
 同じ学校の女生徒の死体を、偶然見つけた高校生三人。いじめられっ子、優等生、不良。つながりのなかった三人が、警察の聴取やカウンセリングをともに行動するうち、「死の真実を突き止めよう」と意をひとつにする。やがて疑わしい人物が浮上し、その人物に対して報復しようとしたとき、「別の事件」が起きる……。
 「別の事件」の方が物語の核なのでこれ以上のネタバレは無理ですが、いずれにせよ、ミステリーといっても、思春期における友情や孤独といった「つながり」の情景を、丹念に映し出していく物語です。

 物語もぐいぐい来ますが、それを支えるみずみずしい映像はもっとすばらしいです。邦画の学園ものでよく感じる、「こんなもんでいいだろ」感が全くありません。ひとつひとつのシーンで、どのように撮れば最も効果的に見えるのか、照明や美術に徹頭徹尾意識が込められています。
 かけているのは、金ではなく手間です。邦画でも、やろうと思えばできるはずです。しかし、日本で本作に一番近いのは賞をいくつも取った「桐島、部活やめるってよ」だと思いますが、そのクラスの作品でもひれ伏して教えを請うべき格差があると感じられました。かの作品を絶賛した人は、本作を襟を正して見るように。


バトルヒート
[75点]
@丸の内TOEI
 ドルフ・ラングレンとトニー・ジャーが共演でバトルアクションというだけでこりゃヤベェ感あるのに、東南アジアの社会問題である人身売買という重いテーマを扱った、硬派な作品。見ごたえありです。
 バディものかと思っていたら、復讐鬼と化したドルフをトニーが追うという展開。「いまさらドルフ・ラングレンがアクション?」と思う方もいるかもしれませんが、「銃・パワー・打たれても立ち上がるタフネス」なドルフと「格闘・スピード・手数で勝負のテクニック」なトニー、と明確にキャラ付けられており、ふたりの再三に渡るガチマッチが熱いの何の! もうひとり、リード捜査官役の黒人さんも、強くて蹴りがカッコよく映える動き。すばらしかった(彼は、トニー・ジャーですらスタント使ってるこの作品で、スタントを使ってなかったように見えました。今後アクション俳優としてもっと表に出てくるかな?)。
 また、「安く上げる・スタントをわかりにくくする」のが最大の理由と思いますが、バトルステージの陰影のつけ方が非常にうまく印象に残ります。日本もこういう工夫をすれば、面白いアクション映画がもっと作れそうなのにな。


チャップリンからの贈りもの
[55点]
@恵比寿ガーデンシネマ
 チャップリン死後の遺体盗難事件を題材にしたヒューマンドラマ。オマージュが込められているだけでなく、チャップリン家全面協力で、遺族が出演もしているという、チャップリン愛にあふれた映画。
 ……愛にあふれてるのはいいんだけど、構成で大失敗してます。だって、「盗難事件を題材にしたヒューマンドラマ」なので、事件自体は一種のマクガフィンで、「起きたことがわかればいい」程度のものです。よし盗むぞ! と決めたら、5秒後には よし盗んだ! てことにして身代金要求の電話をかけててまったく問題ない内容です。
 なのに、車準備して・掘る道具準備して・墓場に移動して・掘って・棺を引き上げて・車に載せて・別の場所に移動して・掘って・棺を下ろして・埋めて・道具捨てて・車で家帰る、20分くらいかけて全部やるんだもん萎えたのなんのって。そんなことするくらいだったら、ローサさんやあの相方との出会いや交流に、もっと時間を割くべきだったのでは? と思えてなりません。


中村智道の世界
[採点不能]
@下北沢トリウッド
 ……ごめん、まずもって、
 起きていられるものを作ってはくれまいか。
 体感で15分くらいしか見ていた記憶がない。「Limit Cycle」以来の絶望。どうしてアートアニメーション界というヤツは、笑えもしない不条理ものを評価したがるのか。



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2015年08月16日

進撃の巨人 前編

[75点]@109シネマズ川崎

 凄いじゃん! よかったよ!

 僕は実写映像作品としての樋口真嗣監督との出会いが「キャシャーン」だったという不幸な人間なので、あまり期待してなかったんですよ。
 でも、そりゃハリウッド並みは無理としても、日本映画でこれほど細部まで「迫力」を意識して作った特撮映像を僕は他に知りません。立体起動もアニメと遜色ないスピード感を出せてるのは驚いた。空を飛んでるだけ、という話もあるけど、じゃあリアルにブランコにしたらよかったん?

 巨人に群衆が襲われるシーンも出色。限られたセットしか使ってないのは明白なのに、逃げるエキストラと上手く組み合わされており、CGの大型巨人よりも絶望感が出ています。あそこまでゴアムービーにせんでも、とは思ったけど、あれはその系統としてはたいへん斬新かつ恐怖を煽る描写で、映画史に残ると言っていいです。


 じゃあ、なんでこの作品がネット界隈で蛇蝎のごとく叩かれてるのか? なんで?

 脚本だろ?
 樋口監督はもとよりストーリーには頓着しない人だから、面白い映画になるかは脚本が鍵を握ります。

 で、本作は、いま日本随一のクソ作品量産脚本家として名を馳せる渡辺雄介と、それを糾弾する立場のはずの町山智浩がタッグを組んだ、というのがひとつ話題でした。
 どうかみ合うかなぁ、と思っていたのですが、意外なところで意見の一致を見た模様です。なんとなれば、町山氏の文章は面白いですが、基本的にうんちくタレで、「読者に一定の知識を要求する」人です。
 結果、「この映画を見に来る人は、『マンガかアニメですでに進撃の巨人を知っている』でかまわない」と言う前提をとり、「だったら、知っていると思われる情報はオミットして問題ないよね?」という共通認識に立ったに違いないのです。

 んなわけあるか! キャラ全部、今の若い役者や顧客に合わせて再構築したんでしょうが。だったら世界観含めて一から語り直さなきゃダメでしょ! そこをやってないから、見た人が「別物」と理解せず「原作との違い」を強く問題にしちゃうんでしょうに。
 よもやのNTR展開で「このキャラに『リヴァイ』を名乗らせたら総スカン来るよね」という小知恵は回るくせに、どうしてそういう根幹がわからんのだ!


 だから、「訓練シーンが全カット」という信じがたい構成になり、クライマックスでエレンがいざ立体機動したときに、赤ちゃん立ち上がるみたいに「生まれて初めて立体機動した」印象になるような、奇怪なことになっているのです。
 (『イマドキの子供は訓練シーンなんか好まない』とか、入れ知恵されたのかもな。でも、好き嫌いによらず「ストーリーに必要な説明」として訓練シーンが必要です、これは。
 「ハンジをあの性格のままリーダー」というキャラ配置にしたせいで、教官役を立てられず描きにくかったのもあるかも知れない。ハンジはおかげですごく稚拙で物足りないキャラになってしまった。石原さとみ本人は熱演なのにね。)


 本作に限って言えば、僕は物語よりも映像のすごさに感服して見てたので、十分楽しめたんですが、アニメ版の小林靖子を連れてくるだけで評価が段違いに上がったろうな、とは思いますよ。


 あと、何か関係者が「後編は伏線が回収されてスゴいよ!」とかのたまったらしいけど、現代兵器で巨人ぶっ飛ばして、最後は「人間がいちばん怖い」って展開になるんだよね? 敵がシキシマか国村隼かその両方か知らないけど。「反乱」とかなんとかいってたけど、「この世界における社会体制」を一切説明してないからどうしようもないね。たぶんそれ以上のビックリはないでしょ。
 で、「物語中に根幹の問題が片付いたような描写は一切ないのに、なぜかミカサが海を見てる」がラストシーンだと思います。賭けようか?
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2015年08月10日

ミニオンズ

[80点]@渋谷シネパレス

 ……アホや。徹頭徹尾アホや。
 「何も考えない」ことを考え抜いて世に示す、創作物として最も高度な領域にある作品だと思います。
 中身は何にもないけどな! でもいいんだ、これでUSJはミッキーマウスと戦える!(笑


 言わずと知れた、怪盗グルーシリーズ(月泥棒危機一髪)のマスコットキャラ、ミニオンズのスピンオフ作品。
 ミニオンズというキャラクターが持つお笑いポテンシャルを、これまでは生かせてなかった印象だったけれど、見事に吹っ切れてきました。

 冒頭も冒頭、ユニバーサルロゴから爆笑モンだし、ラストもラスト、「日本語版スタッフ紹介」ですら笑いを取りに来るという貪欲さ、もっと他の作品も見習ったほうがいい。宮野真守何してんねんキミ!

 アポロの月面着陸なんて陰謀に決まってるし、スモウレスラーは悪役だし(CV:真田広之! 吹替鑑賞だけどそっちも当人がやってたのかな、全然気づかなかった)、何よりとんでもないのは、イギリス王室の扱い。寛容すぎるぞイギリス! 彼らをおちょくったネタはこれまで何度も見てきたけど、エリザベス女王を退位させたのはさすがにこれが初めてだと思うぞ?

 いちおう、悪役スカーレットとミニオンズが作る「擬似親子」を、「月泥棒」におけるグルー&三姉妹に重ねて考えると、それなりに重い主題もあるにはあるのですが……。
 でもやっぱり、難しいこと考えずに見ましょう、ヤツらもまったく考えてないからさ! ただ一点、残留→エクソダス組のやらかしもすごく面白かったので、ラストは「ケヴィン巨大化」ではなく「全員合体」の方がよかったんじゃないかと思うんだぜ!


 それにしてもこの作品、翻訳ってどうやったんでしょうか。ミニオン語が言語のごった煮で、万国共通が原則なのはわかるんだけど、「ナカマ」や「オトギバナナ」あたりは完全に日本仕様だよね? 「ローカライズポリシー」を知りたいんだけど、パンフとか買ってたら載ってたんかな。



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2015年08月06日

バケモノの子

[75点]@TOHOシネマズ新宿

 わりとはやくに見ていたのに、感想はすっかり出遅れてしまいました。
 最初に見たとき、参考文献に中島敦「悟浄出世」が出てきて驚いたのです。というのは、読めと親に勧められていながら読んでなかった作品なのです。慌てて読んで、再鑑賞したもので。

 「バケモノの子」自体は、細田守がよくここまで! と感じるほど、おそろしく大衆娯楽に徹した作品で、何も難しいところはありません。むしろイラッとくるくらいセリフが説明的ですが、今の日本映画でこれくらいは許容範囲とすべきでしょう。作品を壊すほどではないです。
 だからこれほど単純な物語が、碩学で名高い中島敦を参考にしている、というのも不思議に感じます。


 参考文献として同時に出てくる「白鯨」は、作品の読解を含めてわかりやすく盛り込まれています。敵となり鯨と化す一郎彦は、「もうひとりの自分」であり、「鯨との対決は自分との戦い」なのだと。

 (個人的には「白鯨」に対するその読解がピンとこないんだけどなぁ……メルヴィルやヘミングウェイは、アメリカ人なので「冥王星は惑星、なぜなら発見者がアメリカ人だから!」な「アメリカの誇り」的なものが評価の背後にあるから気をつけたい。「白鯨」は面白いけど、あくまで冒険記であって、「捕鯨ってすげー!」って感覚がまず重要な作品だと思うんだよね。
 関係ないけど、「白鯨」に見られるように欧米も昔はガンガン捕鯨しとったくせに、現代の彼らが日本の捕鯨にケチをつけるのは、欧米人が「白鯨」をそう読み解くように、捕鯨自体が「船乗りの誇り」みたいなとこから神格化にまで達してるからじゃないかな。だから、「いえ鯨は単なるメシですけど。縄文時代から当たり前に捕って喰ってますけど何か?」ていう態度の日本が冒涜に見えるんじゃないかと)



 超閑話休題。
 「悟浄出世」とその類作である「悟浄歎異」は、中島敦が西遊記をもとに書いた作品で(これも二次創作というのだろうか)、題名通り沙悟浄が主人公です。
 「悟浄出世」は、三蔵一行と出会う前、妖怪の世界に住まい「自分とは何か」と鬱々と悩む沙悟浄が、各地の賢者を訪ねて回る作品で、「悟浄歎異」は、三蔵一行と出会った後、仲間たちについて考察する話。
 「悟浄出世」由来だとはっきりわかるシーンは、熊徹たちが賢者たちを尋ねる「修行の旅」の部分です。ほとんど原形をとどめていませんけどね。

 むしろ、「親子関係とは」というテーマで、「人間の少年がバケモノの世界に行って成長して帰る」というストーリーを構築したとき、「自己の確立」という観点で西遊記を翻案した中島敦の著作が、ぴったりハマった、というのが正しいでしょう。そこを軸に、西遊記をさまざまにコラージュして、この作品はデザインされているようです。

 成長する九太は、「悟浄出世」における沙悟浄であると同時に、バケモノの世界へ旅立ち帰還する玄奘三蔵です。この作品で最も意外な展開は、「九太があっさりと渋谷へ戻り、かつ、いきなり本を読み始める」点でしょう。でも彼が玄奘三蔵ならば、なんら不思議ではないわけで。

 熊徹はほぼ一貫して孫悟空です。親子というより、九太と同時に熊徹も成長していきます。「悟浄歎異」でも、孫悟空と玄奘三蔵は相互に補完関係にある存在として描かれています。
 猿の姿の多々良が猪八戒で、豚にして修行僧の姿の百秋は、「悟浄歎異」で仲間を客観に見つめる沙悟浄ではないでしょうか。また、「悟浄歎異」には、孫悟空が抽象的な表現で猪八戒に変化の術を教えようとし、さっぱりわからん猪八戒を見て沙悟浄がゲラゲラ笑う、というシーンがあったりします。ここでは九太に猪八戒を、多々良に沙悟浄を配しているわけです。

 そう考えていくと、やはり甘いのが一郎彦の扱いで、もっと思い悩みけつまずくシーンが描写されるべきだったと思います。「悟浄出世」において、旅立つ前の、自己についてあれこれと思い悩む悟浄のように。


 とまぁ、この作品はベースに「西遊記」がある、と考えて見てみると、大いに厚みが増すのでみなさまもいかがでしょうか。
 「悟浄出世」「悟浄歎異」は青空文庫で読めます。



 ……ところで、僕の後ろの席にいた人が話してたんだけど、あの「渋谷」、9年前と現在との街並みの相違が、きちんと反映されてるってマジ?



山月記・李陵 他九篇 (岩波文庫) -
山月記・李陵 他九篇 (岩波文庫)
posted by アッシュ at 17:27| Comment(0) | TrackBack(0) | 映画感想 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする