2006年03月02日

カミュなんて知らない

[40点]
 豊川で高校生による殺人事件が起き、犯人の「人を殺してみたかった」という発言が報じられたとき、多くの人が戦慄しました。この事件をテーマにした映画───それも、「その事件を追いかけた映画を撮る若者たちの物語」であると知って、これは見にいかねばと思ったのは僕だけではないでしょう。
 (あさま山荘事件でも似たようなモチーフの映画がなかったっけ。見てないけど、どうだったんだろう。)


 で、実際に見て。
 「あの事件について一定の解釈を与えてくれること」を期待していた身としては、拍子抜けというかあきれ果てたというか、まぁさんざんだったといわざるを得ないでしょう。
 だって上映時間のほとんどは、結局は単なる学生の色恋沙汰。

 一方で、学生たちが事件について深く議論した形跡がまったくない。
 何しろ、劇中映画の監督である主人公は、豊川事件の犯人のことを、ハナから「精神異常」と決めつけてかかってる。で、「彼は正常か異常か」の議論が、リハーサル中に突然始まるのさ! さも今初めて論点に気づきましたって顔で! これ……なんのギャグ?
 あのさ、僕はこういうワークショップってよく知らないんだけど、こんな基本的な方針もまとめないうちにいきなり撮影準備にかかるもんなわけ?
 ……あぁ、だからデビルマンみたいなのが商品として出回る業界になっちゃったんだね! 映画の衰退はここから始まってるんだよ、本田博太郎の教授サン!

 つまり、僕の期待とはぜんぜん逆だったの!
 「今の若者の実態を克明に描くことによって、豊川事件の犯人像を推し量ろう」という作品ではなく、「豊川事件の犯人が残した証言のキャッチーな部分を抜き出してファクターにすることにより、現代の若者の軽くて情念に乏しい人間関係を何とか解釈してみよう」という作品なのです!

 好意的にみれば、主人公のような「情念で動くキャラクター」を、今般「映画を作ろうとする若者」の感覚と擦りあわせてみることが監督の目的だったのでしょう。
 しかし、肝心のこの主人公はイマドキの若者な助監督たちスタッフと最後までかみ合わず(もちろん表面上は仲がよい)、逆に彼が繰り広げる「色恋沙汰」は、やたら古臭い言葉づかいでストーカーじみた恋人と、ハッパキメた70年代ヒッピーみたいな女とカネがらみで三角関係。
 いや……それ……アンタ、自分が本当にやってきたこととちゃうん? それを現代に再現して、何か楽しかった?


 救い、というか、この映画の最大の見所は、そういう人間関係や恋愛模様とはまったく関係なく完成していく「豊川事件を再現した劇中劇」。特に、ロケセットの中で行われるラスト十分間です。
 犯人の高校生・竹田を演じる池田を演じる中泉英雄という役者さん(わかりにく!)の演技が絶品で、マジで事件をその場で見てたんじゃないか、と思うくらいの迫力なのです。

 (ちなみに、本作の監督が豊川事件に対し何のシンパシーも感じていないことは、池田というキャラクターに与えられた常識離れした設定からも明白です。池田は「普通の少年」でなくちゃ意味ないだろ!)

 えーとね、私気づいたんですけど、「脚本」は監督自身なんだけど、「劇中劇脚本」は別人のクレジットなのよ。監督は実際こういうワークショップの指導をしていく過程でこの作品を作る気になったのだというから、この「劇中劇」が、絵コンテや演出も含めて、学生の手になるものだとしたら?
 鑑賞する側にとっちゃどーでもいい見識でもって、監督自身が傑作になる萌芽を摘み取った、映画として最低の作品……になりかかるところを、教え子に救われた……ってことじゃないんですかねぇ?


 最後に、絶叫。
 落語界の至宝柳家小三治大師匠を、そんなオマケみたいな役で出さないでっ!
posted by アッシュ at 01:47| Comment(0) | TrackBack(0) | 映画感想 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:

この記事へのトラックバックURL
http://blog.seesaa.jp/tb/14011888

この記事へのトラックバック