2011年05月16日

星を追う子供

[80点]@ユナイテッドシネマ豊洲

 新海誠監督が「生死」をテーマにするジュヴナイルを作ると聞き、「秒速五センチメートル」をこう評価している自分としては、「どんなえげつないラストが待っているのだろう、これを見たジュヴナイルなお年頃の子供たちはどんなトラウマを抱えて帰ることになるのだろう」と戦々恐々しながら観賞に臨んだのですが、結論からいうと、非常に安心感のあるよくできた映画であったと申し上げます。

 ジュヴナイルかと言われるとかなり疑問だけどね!
 そもそも、オカルトブームに乗って「アガルタ」というワードが出回ったのは30年以上前で、その頃の少年たちが思い描いた地下世界がリアルに描き出されている点、この作品は明らかに新海誠が(ジブリへの憧憬を含め)やりたい放題やっちゃった作品であり、今の少年少女の姿なんかこれっぽっちも頭にないことは、冒頭出てくる鉱石ラジオのクラシカルな造形からも明らかです。
 アレ見てラジオだとわかる人は……いや、撚り線のイヤホンさえ、一定年齢過ぎてないとわかんないよ。僕に言わせりゃ、アスナの本棚には「ムー」や「ラ製」がぎっしり並んでるに違いないんだよ!
 アスナの造形が「よい子」すぎるところといい、この物語のターゲットはやはりそういう幻想持ってる僕ら世代だと考えていいと思います。新海誠のいつも通りに。

 (ジブリの影響という話は、ジブリや宮崎駿自体もああいう古きアジア文明の影響をどれだけ受けてきたかって証左と考えた方が素直ではないかと感じます。その点でディスるのはどうかと思う。ジブリとの対照でいちばんおもしろいなーと思ったのは、「食事のシーン」より、「料理のプロセス」の方がはるかに生き生きと絵が動くこと)


 物語上キーになる「死を直接見せない」のは、主人公が「死を受容できない」ことを端的に示すのでしょうが、自分はその部分に弱さを感じました。彼女本人が接する必要はないんだけど、もう少し地上世界側に「死のイメージ」によるプレッシャーを見せておかないと(先生が持つその部分の「過去」って、感情移入するにはかなり無理あるじゃん?)、主人公のラストのセリフが生きないと思うんです。
 その点含めて、「生死」という部分については序盤とラストだけあればいい作品になってる感。

 ただ、その間のロードムービーが不要なわけではなく、中途で「生死」について担うのは先生だけで、主人公に関しては「目的なくただただ導かれていくだけ」、という作りに、意外にすっきりと気持ちを寄せられます。それこそが、「ジュヴナイル」と呼ぶにふさわしい部分だったのかもしれないです。
posted by アッシュ at 02:19| Comment(0) | TrackBack(0) | 映画感想 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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