2011年05月31日

王立宇宙軍 オネアミスの翼

[85点]@テアトルダイヤ

 5月27日、テアトルダイヤのクロージング企画上映で見てきました。
 (実は、これの座席指定券を手に入れるために事前に池袋に行かねばならず、それだけで帰るのはもったいねぇ、という理由で見たのがメアリー&マックス
 こんだけさんざんアニメ映画について書いていながら、実は本作は今回が初見。
 見られてよかった。
 既に歴史的傑作のひとつだけれども、これからも「これを見ずにアニメを語るな」と呼ばれながら、歴史に残り続けて欲しい、ジャパニメーションのひとつの到達点と思う。



 山賀監督の頭の中に最初に生じたインスピレーションは、たったのワンシーンだったに違いないのだ。
 おそらくは、アポロの宇宙飛行をリアルタイムに体感した世代。宇宙時代の幕開けを、すばらしい未来の希望と信じて育った世代。彼らはいつか、それが冷戦というくだらない政争の副産物であったと知る。

 空戦の中を突き抜けていくロケット。
 そのイメージ。
 争いの罪悪の中を、僕らの希望と未来が行く。


 ……という一瞬のシーンを描くために、どれだけ「世界」を積み上げたのか。
 狂気の沙汰だ。
 国家、文化、歴史、技術、嗜好、それらの概念からデザインに至るまで、あるところは現実を映し、あるところは借用し、あるところは創造し、その渾然ぶりがオリジナリティとはっきりいえるその世界を、ことさらに語らず淡々と描き出す。鑑賞者に伝わるのは、そこに人が生きていて、人と人とがつながって形づくられる社会や組織がいきづいていることだけで、まさしく氷山の一角だ。
 断言するが、これだけの世界の作り込みと、同時に描写の取捨選択を過たずにできるクリエーターは、世界にもほとんどいない(僕の敬愛するシルヴァン・ショメすら軽く凌駕する! ていうか、一神教文化圏の人には、「できない」ことなので、これこそ日本のアニメの独擅場のはずなのだ)。
 山賀監督が創作から離れざるを得なかったのは歴史的な損失じゃないのか。

 ストーリー展開にはやや冗長さを感じる。
 クライマックスが「打ち上げ」だとはっきりわかってしまうので、そこへ向かわない寄り道エピソードが繰り返されてもたつく感じがする。もっと短く切り詰めた方がよかったような。
 もっとも、人がしっかり根を張って生きている世界なので、不快感はない。人が生きるとは冗長なものだ。

 その他細々……
 ・何の工夫もない暗転が多い編集が少し気になった。
 ・今となってみると「稀代の女たらし」イメージしかない森本レオが主人公というのは、何とも皮肉だな。
 ・ラストシーン、僕は「実験が失敗してシロツグは地球に還れず死ぬ」解釈はアリだと思う。少なくとも、シロツグとリィクニが「雪雲で隔てられる」状況は、断絶以外に解釈できない。ふたりが価値観を共有し、結ばれるハッピーエンドは存在しない。マナと結ばれる方が現実的。ガイナックス的にも(笑)
 ・古い作品はスタッフロールを見るのが実に楽しい。本作も原画スタッフが多士済々だが、個人的に目を引いたのは「所智一」。「灰羽連盟」の監督さんだ!


 ともあれ、描かれた世界のすべてを知るために、もう一度見たい作品。
 しかし DVD とかではなく、「映画館で見たい作品」でもある。クライマックスがダイナミックだからねー。
 テアトルダイヤの閉館はつくづく惜しい。本作が再び映画館で上映されるのはいつのことやら……。
 (新エヴァが完結するタイミングで、新文芸座がガイナックスオールナイトとかやってくれんもんか……)
posted by アッシュ at 22:54| Comment(0) | TrackBack(0) | 映画感想 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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