2006年10月23日

レディ・イン・ザ・ウォーター

[80点]ミラノ座3(新宿)

 こちらを信じて良かった。
 傑作じゃないですか。
 えっと、先にいっておきますが、私はシャマラン監督の作品はコレが初です。
 これを傑作だと思った私が「シックス・センス」見たらどうなるんでしょう。

 この作品の「おとぎ話」の原語は最初から最後まで「Bed-time Story」で、まったくブレた様子がなかったです。シャマラン監督自身が子供たちのためにしてあげた寝物語が下地になっているといいますから当然なんですが。
 彼自身が、「寝物語」の持つ本質的な力を、自分の映像に移し替えてみたかった、そういうことじゃないのでしょうか。

 あのさ、「寝物語」に何を求めますか?
 整合性? 起承転結? 完成度? 違いますよね。
 まず、なんでもあり、であること。思いつきでどんどん先に進んでいくこと。細かい伏線なんかどうでもいい。どんなに突飛な展開も許される。おもしろげなキャラがどんどん出る。それこそ、ベッドの中の子供が「こんな話がいい」とせがんだら、「その通りになる」でOK。それが寝物語でしょう。
 そこにまず語ろうという意志があって、受け止めようという意志がある。それが純粋に向かい合っている。
 であれば、真の「記号論者」が「子供」というのは当然です。何の意外性もない。しかも、「初めてやったからちょっとミスった」。……僕このシーンがすごく気に入ってます。

 マイノリティが集まるアパート。
 彼らが作り上げる「寝物語」。
 それは「おはなしづくり」の原点に他ならないのだと思います。
 監督はただそこに立ち返り、精神的な弱者たちが、「ストーリー」に触れ、「ストーリー」に忠実となることで「ストーリー」を救い救われる物語を、その手法で作りたかったのでしょう。そして、「今ある物語のスタイル」に疑問をぶつけてみたかったのでしょう。
 ひとつ間違えれば支離滅裂になる物語を、それでもここまで作り込んでいる。すごいことだと思います。

 でも現実には、この作品を見た大人たちはみんな「寝物語」を忘れちゃっているようです。まぁ、そういうのはスクラントに食われちゃえってことなでしょうけどね、えぇ。


 ときに、「体の片側だけを鍛えてる人間が実は『守護者』」って、どこか古い話にあったような気がするんですよねぇ(シャマラン監督にとっては当然の知識で、だからノーヒントで出てきたんじゃないかと想像するのですが……インド神話あたりにあったっけ?)。
 ……そんなふうに、「どういう思考で、それぞれの役割を当てはめていったんだろう」と考えると、すごく楽しいですよ、僕は。


 あ、あとひとつ思ったクダラナイこと。
 序盤に出てくる、管理人がストーリーを見て「まだ子供じゃないか」っていうセリフ。どう見ても20超えてる女優さんなのですごく違和感があったんですが……でも、この内容だと、本当に子役使うとどこから訴えられちゃうんだろうなぁ。
posted by アッシュ at 21:54| Comment(0) | TrackBack(0) | 映画感想 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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