2012年05月30日

虹色ほたる -永遠の夏休み-

[70点]@ワーナーマイカルシネマズ港北ニュータウン

 東映アニメーション約30年ぶりのオリジナルアニメ映画との触れ込みで、「ワンピース」のシリーズディレクターを務めた宇田鋼之介を監督に迎えた作品。現代から 1977年にタイムスリップして、ダム建設で水没直前の山村で夏休みを過ごすことになった少年の話。

 「ももへの手紙」でいろいろ書いたわけですが。本作は期せずして、「ももへの手紙」に対するカウンターとなっている、と思います。

 話の筋として、「父を失った12歳が田舎へ赴く」という出だしが同じ。
 完成度は高くて整っているけど、既視感の強い世界観に収まっている「ももへの手紙」に対し、不完全でいびつな感触だけど、独特の世界を作ろうとしている本作。
 「肉親が死んだら悲しい」を「前提」でかたづけてしまった「ももへの手紙」に対し、「肉親の死の受容」とがっつり向かい合った本作。

 僕は本作の方がぐっと心をつかまれたけど、たぶん万人受けはしない。子供受けもしないと思うけど、WMC港北ニュータウンの子供たちはみんなおとなしく見てたから、伝わったのだと信じたい。


 見始めてまず、人物の作画にびびります。率直に「汚い」と思いました。数年後に「ももへの手紙」とこれを並べて「同じ年の公開」といったら笑われるレベル。
 水墨画・水彩画をイメージしてか、描画の輪郭線が意図的に太く不連続にされているためです。しかし、線の太さに統一感がないうえ、背景画はリアル指向の現代アニメの絵ですので、はっきりいって手抜きにしか見えません。

 そんで、「CG不使用の全部手書き」ってのがウリのひとつみたいで、もし本当にそうなら相当スゴイ映像の連続なんですが、「線の太さの統一感がない」っていう部分、「元絵の無茶な拡大」はしてますよね。光学かデジタルかはわかりませんが、結果的にドット絵みたいな粗さになってて、手書きっぽくないです。

 ……つーかこれ、映画館の大スクリーンに映すことをハナから想定してないんじゃないかな。テレビアニメしかやってない宇田監督の限界?


 この独特の絵をふくめ、凝った演出がいくつも用意されているのですが、「生きる」シーンと「生きないシーン」の落差が大きいです。
 実のところ、「最悪なのがラストシーン」というガックリみじめなことになっています。中盤から、「ラストをどうまとめるのか」に期待をかけざるをえない展開の作品だけに、いろんな意味で落胆。単に「出会って一緒に蛍を見る」だけでよかったのに……。エンドロール後のアレも人を馬鹿にしている。

 しかし「生きる」シーンでのキレは鋭い。特に「夏休みに大自然の中ではしゃいで遊ぶ子供」の躍動感にこの描画は合っています。「高所から水に飛び込む子供」という同じシーンを並べたら、「ももへの手紙」が後ずさりして逃げるレベル。

 それから青天狗氏から逃げるシーンとか、甲虫類の妙なリアルさとか。主人公との別れの描写は、サエコよりケンゾーの方がぐっとくる。それから、ちょっとしか出てこないのに、芳沢さんのべらぼうな可愛さはなんだ。ケンゾー&芳沢さんが初々しくていいんだコレが。
 ……あれ? これって全部「ケンゾーがらみ」じゃね?
 ……うーむ、宇田監督はやっぱり、「夏休みにはしゃぐ子供の絵」をひたすら描くとこに高揚しつつ作ってたんではないかと思います。


 で、「肉親の死」とがっつり向き合う、ストーリーとして重要な「サエコ」の方は、肝心なところで「生きないシーン」だったんだよなぁ。彼女とからみ、タイトルにもなっている「ホタル」自体が、感動オブジェクトとしてあんまり機能してない。三人でホタル乱舞を見上げるシーンはすごかったんですけどね……。サエコの切ない立ち位置はきちんと伝わってくるのに、ビミョーに感動をそがれることが連発します。
 灯籠のシーン、大平晋也のパートだそうで、山村浩二かフレデリックバックかというすさまじいアニメーションが出てきますが、何であんなことしたのかさっぱりわかりませんでした。


 その他、いくつか面白いなーと思ったこと。

 見る前は、エコとかロハスな価値観を宗教的に持ち出されるんじゃないかとちょっと不安でしたが、杞憂でした。また、本作はいちおう「昭和ノスタルジー」の作品で、美術方面いろいろ凝っていますが、話が進むうちに、ガキんちょが遊んでいる姿が楽しくってそんなのどうでもよくなっていくのはコレといっしょか。

 「ダムに沈む村」を題材にして、「人が日に日に減っていく」切なさを切り取った作品ってこれまでにどれくらいあるのでしょうか。「物語序盤と終盤で集まる子供の数がまったく違う」というのはけっこうインパクトのある演出で、良かれ悪しかれ世は移ろう無常さをうまく引き出していました。それを言葉にする、直後の青天狗氏の独白シーンの方がむしろ不要だったような。

 「ユウタは父の死が辛かったけど、乗り越えられる」こと、そして「母親も夫の死が辛かったけど、乗り越えている」こと(言うなれば「ももへの手紙」が2時間かけたこと)を、「母さんの作るものならなんでもうまいから」のセリフひとつで説明できているのはすごいです。主人公が男の子だから成立するのかもですが。
 この「サエコの真実」のシーンは、衝撃的でありながらもうだうだ描かず、感情の軸をユウタ→サエコへ一息に移すことに成功しており、この作品で一番いい部分だったと思います。

 あと、ぐっときたのは「ばあちゃんとサエコの別れ」のシーン。
 あの流れだとつまり、ばあちゃんって、元は孤独な老人。うたかたの祖母と孫の一年間に思いをはせるとちょっと泣けます。


 そんで最後に、
 能登麻美子を黒髪ロング美女に配して「ハズレ」という異常事態に衝撃を受けました(笑)。全然「成長したサエコ」に聞こえなかったよ……。
posted by アッシュ at 21:53| Comment(0) | TrackBack(0) | 映画感想 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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