2015年08月06日

バケモノの子

[75点]@TOHOシネマズ新宿

 わりとはやくに見ていたのに、感想はすっかり出遅れてしまいました。
 最初に見たとき、参考文献に中島敦「悟浄出世」が出てきて驚いたのです。というのは、読めと親に勧められていながら読んでなかった作品なのです。慌てて読んで、再鑑賞したもので。

 「バケモノの子」自体は、細田守がよくここまで! と感じるほど、おそろしく大衆娯楽に徹した作品で、何も難しいところはありません。むしろイラッとくるくらいセリフが説明的ですが、今の日本映画でこれくらいは許容範囲とすべきでしょう。作品を壊すほどではないです。
 だからこれほど単純な物語が、碩学で名高い中島敦を参考にしている、というのも不思議に感じます。


 参考文献として同時に出てくる「白鯨」は、作品の読解を含めてわかりやすく盛り込まれています。敵となり鯨と化す一郎彦は、「もうひとりの自分」であり、「鯨との対決は自分との戦い」なのだと。

 (個人的には「白鯨」に対するその読解がピンとこないんだけどなぁ……メルヴィルやヘミングウェイは、アメリカ人なので「冥王星は惑星、なぜなら発見者がアメリカ人だから!」な「アメリカの誇り」的なものが評価の背後にあるから気をつけたい。「白鯨」は面白いけど、あくまで冒険記であって、「捕鯨ってすげー!」って感覚がまず重要な作品だと思うんだよね。
 関係ないけど、「白鯨」に見られるように欧米も昔はガンガン捕鯨しとったくせに、現代の彼らが日本の捕鯨にケチをつけるのは、欧米人が「白鯨」をそう読み解くように、捕鯨自体が「船乗りの誇り」みたいなとこから神格化にまで達してるからじゃないかな。だから、「いえ鯨は単なるメシですけど。縄文時代から当たり前に捕って喰ってますけど何か?」ていう態度の日本が冒涜に見えるんじゃないかと)



 超閑話休題。
 「悟浄出世」とその類作である「悟浄歎異」は、中島敦が西遊記をもとに書いた作品で(これも二次創作というのだろうか)、題名通り沙悟浄が主人公です。
 「悟浄出世」は、三蔵一行と出会う前、妖怪の世界に住まい「自分とは何か」と鬱々と悩む沙悟浄が、各地の賢者を訪ねて回る作品で、「悟浄歎異」は、三蔵一行と出会った後、仲間たちについて考察する話。
 「悟浄出世」由来だとはっきりわかるシーンは、熊徹たちが賢者たちを尋ねる「修行の旅」の部分です。ほとんど原形をとどめていませんけどね。

 むしろ、「親子関係とは」というテーマで、「人間の少年がバケモノの世界に行って成長して帰る」というストーリーを構築したとき、「自己の確立」という観点で西遊記を翻案した中島敦の著作が、ぴったりハマった、というのが正しいでしょう。そこを軸に、西遊記をさまざまにコラージュして、この作品はデザインされているようです。

 成長する九太は、「悟浄出世」における沙悟浄であると同時に、バケモノの世界へ旅立ち帰還する玄奘三蔵です。この作品で最も意外な展開は、「九太があっさりと渋谷へ戻り、かつ、いきなり本を読み始める」点でしょう。でも彼が玄奘三蔵ならば、なんら不思議ではないわけで。

 熊徹はほぼ一貫して孫悟空です。親子というより、九太と同時に熊徹も成長していきます。「悟浄歎異」でも、孫悟空と玄奘三蔵は相互に補完関係にある存在として描かれています。
 猿の姿の多々良が猪八戒で、豚にして修行僧の姿の百秋は、「悟浄歎異」で仲間を客観に見つめる沙悟浄ではないでしょうか。また、「悟浄歎異」には、孫悟空が抽象的な表現で猪八戒に変化の術を教えようとし、さっぱりわからん猪八戒を見て沙悟浄がゲラゲラ笑う、というシーンがあったりします。ここでは九太に猪八戒を、多々良に沙悟浄を配しているわけです。

 そう考えていくと、やはり甘いのが一郎彦の扱いで、もっと思い悩みけつまずくシーンが描写されるべきだったと思います。「悟浄出世」において、旅立つ前の、自己についてあれこれと思い悩む悟浄のように。


 とまぁ、この作品はベースに「西遊記」がある、と考えて見てみると、大いに厚みが増すのでみなさまもいかがでしょうか。
 「悟浄出世」「悟浄歎異」は青空文庫で読めます。



 ……ところで、僕の後ろの席にいた人が話してたんだけど、あの「渋谷」、9年前と現在との街並みの相違が、きちんと反映されてるってマジ?



山月記・李陵 他九篇 (岩波文庫) -
山月記・李陵 他九篇 (岩波文庫)
posted by アッシュ at 17:27| Comment(0) | TrackBack(0) | 映画感想 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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