2015年10月10日

バクマン。

[80点]@ムービル

 傑作である。マンガの実写化では今年随一であろう。
 実写化はみなハズレだと思い込んでいる人は、本作を見て目から鱗を落としていただきたい。

 ただし、本作も「進撃の巨人」同様、「見る人は、漫画やアニメですでに知っている」という前提に立っていると思われる。
 そう解釈しなければ、「コンビを組む→亜豆との約束」あたりの導入のテキトーさは、ちょっとヒドい。最小限の情報しか置いておらず、短時間でも強く印象に残そうとする努力もみられないのだ。
 全体的にも、「物語の奥深さ」は完全に原作に依存しており、この映画単体では、ストーリーは「エイジと張り合った。終わり」のひとことですむ、といっても過言ではない。


 しかし、
 ……ちょっと話を変えると、町山智浩氏は、「進撃の巨人」が駄作化した言い訳のひとつに、「営業上の都合で急に前後編に分けられた」ことをあげたそうである。
 待て待て。なら、あの前編のゴアと後編の二項対立を混ぜて、それで2時間かそこらに収まる話として書いたってのか? ……それだけであんた、映画評論家の看板を下ろすに十分だよ。
 樋口監督のアクション重視の姿勢を考えれば、兵団の面々が巨人とさんざ切り結ぶ、だけで2時間がっつりやったってまったく問題なかったんだ。むしろ、「進撃の巨人」という題材を実写化するにあたり、観客に提供すべき核心が何か理解していたのは、あの出来からすれば明らかに樋口監督のほうである。


 翻って、「バクマン。」である。
 予告編を見た人は、不審に思ったのではないだろうか。
 「あれ、蒼樹さん誰が演じるの?」

 (以下、ちょっと隠す。)

 登場しないのである。
 原作屈指の人気キャラ、美貌の女流マンガ家蒼樹紅先生は、本作には登場しないのである。
 それどころか見吉も岩瀬も、入院シーンがあるのに真城の母親さえ登場しない。画面上に映る「女優」は、事実上亜豆美保を演じる小松菜奈だけである(他は、クラスメートや声優仲間が少し登場するだけ)。
 なぜか。彼女らは「バクマン。」の核心とまったく関わりないからだ。


 なお、この映画の最大の難点を上げておくと、小松菜奈が、演出意図に応えられるほど顔がカワイくなく、声優の設定なのに声もカワイくないし演技も棒であること。ただ、この不似合いはワザとじゃないか、と思うようなある仕掛けがしてあり、ラブコメ的プロットにおいて「小松奈菜という女優」にハナから重きは置かれていないので、ダメージは小さい。


 この映画は徹底して「ジャンプマンガ」であり、「友情・努力・勝利」のスローガンのもと少年が成長していく過程以外は、ほぼそぎ落としているといってよい。
 この割り切りがすばらしい。映画の尺に何を収めなければいけないか、はっきりとわかっている。

 そしてその割り切った中に、マンガやアニメでは(まして小畑健の綺麗な線では)描けない、実写でなければできない身体性そして躍動感のある描写を、積み重ねていく。「人の指先が、肉体があの絵を生み出しているのだ」という説得力が強く感じられるのだ。
 あるいは、「マンガの作画音を音楽のようにリズムよく重ねて」制作過程を表現するシーンがあるのだが、あれも「金属のペン先を木の机の上の原稿用紙に叩きつけている」という質感が強くあるからこそ、牽引力がぐっと増している。
 このあたり、確固たる信念が画面の端々から伝わってきた。


 さらに、この映画はそこから先の、新たな「実写」を次々に打ち出していく。
 新妻エイジが登場し、彼との「バトル」が始まるや否や、「マンガを描く」という行為が、見ていて面白くて心地よくてたまらない、そんな感覚を覚える映像が、さまざまな手段でスクリーン上を疾走し始めるのだ。
 マンガ社会の日本であるからこそできる、よその国にはできない、日本ならではの「実写」の志向だ。これまでのこうしたマンガ的志向の映像は、多くは失敗していたが、マンガそのものが題材である本作では、際だってハジけていて、大成功だった。エンドロールはむろん、いわずもがなである。本作から、また新たな表現が生まれてくる予感がする。

 まったくもって、実写化の鑑といっていい作品だと思う。あるいは、救世主といえるかもしれない。
 いろんな意味で、大根仁監督に足を向けて寝られなくなった映画関係者が多数いるのではないだろうか。


 (「日本の映画はダメになった、ウケるのはアニメばっかりだ」というのが事実だとすれば、その最大の原因は、「優秀な映像感覚を持ち、ビジュアルで自らの創作を表現したいクリエーターにとって、目指す職業の最高位が、『映画監督』でなく『マンガ家』である」なんて国が日本だけだからだ。否も応も日本はそういう国になったのだ。文句があるなら天国の手塚治虫に言いなさい。

 実写映画界は、その事実を素直に受け止めるべきなのだ。「優秀なビジュアル」を作るのにマンガ家のアイディアを借り、マンガ表現から引用することを恐れてはいけないと思う(原作マンガをそのままマネしろという意味ではない、念のため)。そこに、実写でしかなしえない「身体性」「質感」を付加するにはどうすればいいか、という点に腐心すればよいのだ。
 それだけで日本の映画は劇的に変わるんじゃないだろうか。

 というか、たとえば「監督:宮藤官九郎」よりも「ストーリーボード:尾田栄一郎」の方が、マネタイズ的にも確実だと思うんだけど、そういう思考を持つ映画関係者はおらんのかね。)



 ……さて、全然関係ない話でオチをつけますってぇと。
 普通、20歳を過ぎると、若作りして思春期まっただ中の役を演じるのは、厳しくなるもんだと思うのですが。
 「るろうに剣心」で緋村剣心(役年齢28歳)を演じた佐藤健(26歳)が、今回はサイコー=高校生(17歳)を演じているにもかかわらず、まったく違和感がないのがスゲー怖いです。

 「剣心といいこいつといい、飛天御剣流たぁいったいどーなってんだ?」
 「わかった! 飛天御剣流にはきっと不老の秘術があるんだ」
 「よし! あたしも習う!」




佐藤健写真集 ALTERNATIVE -
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posted by アッシュ at 00:24| Comment(0) | TrackBack(0) | 映画感想 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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