2016年06月26日

帰ってきたヒトラー

[85点]@TOHOシネマズシャンテ

 傑作である。
 素晴らしいタイミングで公開された、まさに今見るべき映画。政治的主義主張は関係なく、誰もが見るべき。
 何より映画としてのデキが抜群だ。非常にテンポよく進み、ストレスがまるでない。2時間あっという間に経ってしまう。笑えるシーンも多いが(「最期の12日間」のパロディのぶっ込み方なんか最高なんだけど、アレ人を選ぶよなぁ。パロディのシーンは他にもいろいろありそうな)、基本的にはマジメに、目を凝らして見た方がいい。


 このたび英国のEU離脱が決まった。市場は大荒れだった。日本でも猛烈に円高が進み、株価は一時1200円も下げた。
 これほどまでに世界が動揺した理由は何か?
 移民の問題? 貧富の問題? 貧困層はみんな民族主義のレイシストか? それともEUの法制? ココアの甘さまで決められちゃうから?

 問うたのはそこじゃない。なぜ動揺したか、だ。
 誰も離脱を想定していなかったのだ。政治家とか、資本家とか、アナリストとか、そういう偉い人たち、世界を動かす側にいる人たちが、離脱を想定していなかった。残留を前提に経済は動き続けていた。だからいま世界中が騒然としている。
 なら彼らはアホだったのか? 驕っていたのか? まさか。彼らの情報感度や解析力の高さは、素人とは段違いで、普段なら彼らは、何が起きてもある程度「織り込み済み」で、淡々と行動する。それでこそ世界を動かせるのだし、その優秀さを舐めてかかる庶民が「また政治家が」とぶぅたれるのを、これまでは巧みにかわしながら、自分たちの思う方向に誘導していた。
 しかし、彼らの能力をもってしても埋められないほどに、格差が開きすぎたのだ。所得の話だけじゃない。思想とか、価値観とか、人権意識とか、「ヒトがヒトである」域でさえ乖離してしまった結果なのではと、思わずにいられない。


 本作は、現代にヒトラーが甦ったらどうなるか、という物語。
 ヒトラーはもちろん、歴史が示す通り、情報戦の重要さを知っている。プロパガンダの重要さを知っている。彼の設定したゴールは、開幕当初からあまりに明確だ。彼の振る舞いが「笑い」に見えるのは、彼が現代社会について無知なだけだ。人は無知を笑う。しかして彼は言う、「まずは情報収集だ」。
 彼は新聞を知っている。映像の威力を知っている。インターネットを知って驚愕する。
 そして。
 彼は市井の人々から丁寧に話を聞いていく。

 本作はユニークな構成である。
 ここでドキュメンタリーになるのだ。
 ものまね芸人と思い込んだテレビマンの若者とともにドイツ国内を巡り、ヒトラーはごく普通の素人と話し合う。すると人々はいっせいに政治への不満をぶちまける。
 彼はまた、既存のメディアや政治批判もまた骨抜きにする。実在のテレビ番組に出演し、実在のネオナチと相対し、言葉をぶつけ合わせる。
 その多くは、「タブーに触れる」話である。

 (別の話だが、「ボーグマン」は移民について活写した映画である。
 だけど監督は、移民の映画だとはひとことも言っていない。今の欧米で、移民を非難することはタブーだからだ。)
 (偶然知った面白い話がある。現在のドイツでは「ナチスを想起させるもの」が法律で禁止されているが、「ヒトラー本人」だったら禁止しようがなく、本作はその法の穴を突いているのだという)

 話す相手が「タブーに触れる存在」であるヒトラーだからこそ、彼らは素直に胸襟を開けたのだし、ヒトラーを描く映画だからこそ、その直截な言葉を批判や皮肉として世に出せている。僕にはそう見える。
 ヒトラーを介さなければホンネが通わない世界。なんだそれは。
 この絶望的な状況が、実に面白い、というさらなる絶望的状況。うはぁ……言葉にならない。


 彼は最終的に、優生主義者の邪悪な一面を露わにし、そこから物語の幕引きへ道筋がつけられる(この幕引きが恣意的に感じるのが難……というか、「彼」に、この結末しかなかったかなぁ?)
 この物語はフィクションであり、映画は終わる。しかし、「終わった後」、つまり彼の設定したゴールが強く示唆されている。そして、1939年のドイツにもしも自分がいたら、間違いなく彼に投票していたろうと、本心から思う。

 それは僕が邪悪だから? レイシストだから? あるいは、邪悪な政治家たちに騙された、可哀想なポピュリズムの被害者?
 それでもいいよ。でも、そうしたレッテル貼りや悪者探し・吊し上げに執心な人たちにはたぶんわからない、「情報」に関する絶望的な乖離を、ヒトラーは嘲笑いながらねじ伏せて我がものとし、すべてを掌中にするだろう。

 それをなせる「現代のヒトラー」はいるや否や?
 わからない。
 それでも、政治家を選ぶときの最低限の基本常識は、「無能な善人より有能な悪人」だ。僕らは、「ヒトラー」のリスクを覚悟しながら、より有能と思える人を注意深く選ばなければならない。


<追記 6/30>
 衝撃の日々から一週間、公約違反がどうの再投票がどうの、未だにメディアの論調はまさしくこの状態。「中の人」たちは、本当に何もわかっていないし何も感じていないのだと空恐ろしい。
 マジでヒトラーが現れなければ変わらないんじゃないかと思えてならない。向こう十年ほどは、世界は不安定で危険な状態が続くと予測します。みなさま防衛意識を強く持たれますよう。



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posted by アッシュ at 19:50| Comment(0) | TrackBack(1) | 映画感想 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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「帰ってきたヒトラー」
Excerpt: コメディと見せかけて、如実に今のドイツにある危機感を示している。現代のドイツにタイムスリップして現れたヒトラー。荒唐無稽だし、笑ってしまうけれど、本当は笑うに笑えない。もしカリスマ的な扇動者が現れたら..
Weblog: ここなつ映画レビュー
Tracked: 2016-06-29 12:33