2017年02月23日

サバイバル・ファミリー

[55点]@ムービル

 震災を経てこういう物語が望まれたのはわかるし、矢口史靖監督らしからぬストイックな(でもディストピアにはなりきらず、コメディの線は踏み外さない)作り込みの好感度は高いのだけれど、細かい設定のガバガバ感が鼻についたので、どうも自分はこの話に向いてないようです。
 ロボジーの印象が近い……というか、僕の大好きな「スウィングガールズ」も、あれ本気でジャズやってる人には聞けたもんじゃないらしいんですよね。
 矢口監督にとって、「創作物とはどうあるべきか」の線引きはそういうもので、噛み合わないときはしかたないと理解するしかないのかもしれません。


 以下、ラストまでネタバレでツッコミの嵐。



映画「WOOD JOB!(ウッジョブ)〜神去なあなあ日常〜」【TBSオンデマンド】 -
映画「WOOD JOB!(ウッジョブ)〜神去なあなあ日常〜」【TBSオンデマンド】



 ヒゲが一切伸びないとか、現代っ子に対してマッチが無説明で登場するとか(でもライターは登場しない。なぜ? カセットコンロは使えるのに?)、クライマックスでSLが登場するけど石炭と水はどうやって調達したのかとか。
 「電池すら使えない」という設定がムリヤリすぎ。これ、「バッテリーが使えないから車も使えない」にしたかったような作りになってるけど、「電動ポンプが動かなくて水道が機能しない」のだから、ガソリンスタンドだってほぼ同じでしょうに。だから、「ガソリンが得られないから車が使えない」にしたほうが自然。
 「バッテリーが使えない」だけなら、キックスターターのバイク、プルスターターのボートの所有者が神格化される流れがあってしかるべきで、つまりはセルモーターなしにエンジンを動かせればいいじゃん、てことで、SL動かすって発想には普通いきつかないよねぇ……。


 大地康雄のシーンはすばらしかったけど、そこまでたどり着いた人間が主人公一家だけ、というのは不可解に過ぎます。
 ラストに至って電気が戻って画面が明るくなり、すごくほっとする感覚もすばらしかったのに、そこで「テレビニュース」を能天気に流してしまうのがフジテレビ映画の限界と思えます。2年も経過しては、1億人の人口と1千万の都会が維持できるわけはなく、「元の日常が戻った」ような表現はムリがあるでしょう。
 というか、100日かけて鹿児島に到着して、祖父に迎えられて、「ここでずっと生きよう!」と父が宣言した瞬間に電気を復旧させていたら、それでこそコメディだし、元の日常が戻ってもギリギリ説得力を保てるタイミングだったと思います。


 で。
 この作品の違和感の最たるものは、また別のところにあります。
 おそろしいことに、この作品には、災害に対する公的な対策という視点がありません。たとえば、学校や役所にあるはずの災害対応備蓄を持ち出すシーンが、いっさい登場しません。会社にあるヘルメットだけはなぜか持っていくのに!
 さらに、水道が機能しない世界で1週間経過しても、警察官はパリッと制服を着て治安維持に努めるという、コメディを通り越して怖いシーンがある一方で、自衛隊の登場はアレだけなわけです。
 今回の設定では、補給の見込みがないにもかかわらずその情報が住民に伝わらないわけですから、最初の数日の過剰な「日常を維持しよう」行動のせいで、災害対応分までたちまち使い切って混乱、という展開のほうが、映画としても落差が増して面白くなったはずです。
 「震災後の映画」にしては、あまりに視野狭窄で片手落ちではないですか。

 こうなってしまったのは、

○実は日本の備蓄って充実しすぎていて、それに頼るだけでかなりの日数稼げてしまうことがわかってドラマが作りづらかった。
○製作陣のどこかに、「日本の公務員が住民のためまっとうな仕事をするなんてありえない」とヒステリーを起こすたぐいのヒトがいた。

 どちらでしょうかそれとも両方か。
posted by アッシュ at 15:30| Comment(0) | TrackBack(0) | 映画感想 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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